ITシステム訴訟と専門の裁判外紛争処理(it-ADR) ISSN 2187-5049 Vol.05 2014-02-27 (c)naoki.inagaki
1:IT訴訟の現状
・手続きの流れと課題
・IT訴訟の判決の状況
2:『もめごと』解決手段 「洋の東西」
・裁判方法と裁判外の紛争処理(ADR)
・判例法下の米国ですら双方が敗者の裁判結果
3:専門性あるADR
・ADRの現状
・紛争解決方法の全体像
4:ADRと行政訴訟プロセス
・行政訴訟の位置づけと課題
・電波行政訴訟(PLC異議申立審理)にみる苦悩過程
5:小さな一歩」であるが、画期的紛争審議手段の夜明け!
・知財高裁の意見募集
・米国レグレートリー政策決定のプロセスの教訓
1:ITシステム訴訟の現状
「IT訴訟」とは、民事裁判で特にコンピュータ・システムに係る訴訟を呼称する。
ここでは、ソフトウエア開発、ソフトの納入遅延、納入ソフトの品質(瑕疵が内在するプログラムの問題)、システム障害や事故、システム運用保守、プロジェクト頓挫やシステムの法的対抗力面の検証等から裁判になり、判決文が入手可能な範囲※1-1で示唆に富むものを中心に思考する。
○訴訟の流れ
IT事故が、いきなり裁判沙汰になることは少ない。多くの場合プログラム製造やITベンダー業者に請負契約や準委託契約で双方が係わっており、現場は「以心伝心の社会」であり顔を見て仕事をしているので事故や見込み違いが表面化しても、余程の企業許容度を超えた場合にのみ第3者に判定を仰ぐことになる。
IT問題によっては一つの主張で1〜2ヶ月要することが多く、審理全体は事案により長期間を要し、結果的に技術的納得性が得られないケースも多い。審理最終段階で調停や和解の道があり法的なルールが整備されていない現状(IT分野における民訴法の未整備と法曹界に係わるIT専門家人口層の薄さ)では、IT技術専門問題に焦点を絞った訴訟便益は受けられていない姿がある。
訴訟の内容がコンピュータ事故なかでもソフトウエア・プログラムに起因する案件、それもプログラム作成段階では現れない想定外のトランザクションの振る舞いなど、開発段階では予想・予知が困難な非機能分野※1-2の事故も目立ってきている。
○IT訴訟にみる「立証」の困難性
訴訟者は、相手コンピュータ状況が分かりづらい中で立証する必要から、情報の非対称性が存在する。
ITは、目に見えないだけに原告起訴状や答弁書作成で多大な努力を要する(コンピュータ技術をよく知る専門の弁護士や裁判官の層が薄い)提訴まで踏み切れないのである。まして真の原因究明を求める技術論やシステム的原因を追究するのが争点になるケースは少ない。
また、司法解釈と庶民感覚の相違からコンピュータ事故の事実認定の困難さ等の面からユーザーからの訴訟は、立証段階で困難を極める、(これは金融IT訴訟に限らず、公害訴訟や行政訴訟など消費者・ユーザーが訴える困難性に類似)訴訟提起の段階で、長時間の労的負担や精神問題から経済的合理性判断から諦めるか、泣き寝いりするのが多のである。
法的な見方の「司法屋さん」とシステム思考中心の「技術屋さん」から眺めた事件、事故に対する見方が、根本的に異なってくるところに、原因解明や要因分析までたどりつけないでいる姿がある。プログラムの「バグ」がソフトの欠陥であるといえるための要件を確定したような判例は例外である。
技術的見解から技術論をかざした真正面から取り組み争点になると、「納入プログラムの事実認定事件※1-3」のようにプログラム瑕疵が業務にどのような影響を与えるか、それがどのように法的な意味を持つかの解釈審理を経て、判決まで約5年の歳月がかかった例もある。そしてそれは、両者とも結果の納得性が少ない、しっくりいかない後味の悪い結果が残るものでもある。
この庶民感覚とのすれ違いは、「事実を事実として素朴に見ているのではない。大陸法国(独、仏、日など)の法律専門家は、法律の条文の法律要件というスクリーンを通して、英、米法国の法律専門家は、先例の法理というスクリーンを通して、事実をみる。※-4」。ことに依拠していのでないか。 庶民は自由主義社会で経済活動やIT技術、IT推進の道具等あまりにもアメリカ文化(判例法社会:よって裁判長感覚一つであの有名なオレンジ裁判だって出来る)に毒され、いざ裁判となると大陸法感覚で裁くところに落差があるのでないか。
日米”Law School”と同じ用語を使っても(目的は同じように優良な法曹人を育成するにあるが)のカリキラムをみれば歴然である。米国はまず最初に人間性の確立があり、その後に「判例」を如何によむか、に特徴がでている。本邦は成文法社会であるので、まず条文を理解するところから始まるのである。
この様に、訴訟は一般民事事件に増して結果的に「Win-Winの関係」は築きにくいものとされている。
金融分野に注目すべき画期的な法律が成立した。訴訟において、どちらが立証すべきであるかの点である。立証責任義務としては、『電子記録債権法』にみられる電子債権記録機関側が無過失であったことを電子債権記録機関が証明しない限り、電子債権記録機関が損害賠償責任を負うこととしている点にある。(同法の、14条)
このことは、電子取引が主流となって行く潮流のなかで、従来の行政に従っておれば安泰の時代から、自ら相手顧客(企業)に対峙するマインドを持たねばならない時代へ変遷のスタートを切った、画期的転換点にきていることを示している。
世の中で「災い」と「争いごと」は少ないほうがよい。
争う前に先例事件の教訓を還りみて「予防」を心がけ事故再発防止策も重要である事を組織内全体が再認識するのも一つの効用であろう。
※1-1 公刊されている判例は約8%である。拙筆『商用DBにみる形態素解析技法の検証』情報処理学会IPSJ・EIP26、2005/1/20
平成1年から直近まで約60件のIT判例がある。(個人情報関連、インターネットオークション関連、著作権関連を除く)
※1-2 非機能;プログラム作成段階の業務機能の静的な仕様に対して、機械を実稼働させる環境下で起きる処理量オーバーやプログラム処理能力領域の異常
などの動的な仕様範囲を超えるようなケースを指す。
※1-3 東京地平16・12・22 平10(ワ)23871号;請負契約で納入したプログラムの内在する瑕疵は、委託側の仕様問題か、修正作業範囲かの争点で、
プログラムの「バグ」がソフトの欠陥である要件を定義し、検証実験を通しプログラムに欠陥があると認められた事件(判タNo.964 172頁民法635条)
※1-4 『法情報学』第2章2.2.2弁護士の役割 加賀山茂・松浦好治著 有斐閣刊 58頁
・本邦ITシステム訴訟の判決の状況
この部は、当HP内(順次更新の為)別掲しました
→「参照:ITシステムに係わる訴訟(it裁判判例)」
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2:『もめごと』解決手段 洋の東西
・裁判方法と裁判外の紛争処理(ADR)
裁判所で行われる裁判は、法律専門家の仕事の中心に位置する。これからも裁判所と裁判のもつ重要性は大きく変わることはないだろう。
しかし、裁判は伝家の宝刀であり抜かないところに意味があるという概念も根強くのこっている。この概念は、紛争を裁判にまで行かないところで処理するのが望ましいという前提に立っている。もし、そのような考えをもつ依頼人が多いのであれば、法律専門家は依頼人の意向に添って、紛争を裁判にせずに裁判外で決着させる努力を求められる。
アメリカでも、訴訟して解決できないことがあるという認識の高まりに伴って「裁判外の紛争処理(ADR;Alternative Dispute Resolution)」と呼ばれる紛争処理方法が評価され、裁判と密接な連係を保ちながら幅広い導入が図られている。裁判の限界としてしばしば指摘されるのは、人種問題や性差別のような問題では、その解決には関係者間の相互理解や意識改革が決め手になるのに、裁判は損害賠償や罰金を提供するだけであって、問題の本当の解決にはつながらないという点である。
すべて公開が原則の裁判では、加害者と被害者の双方に関する事柄が広く知られることになると同時に、当事者間の関係も敵対的なものになりがちなため、長期的な人間関係の改善にはつながりにくい。
このような考慮の結果、継続的な人間関係の要素が含まれる「いじめ問題」「平等な雇用機会の保障」「人権擁護」「セクハラ」などの領域だけでなく、合理的な打算が働く「商事法務」までもがADRの対象となってきている。
---この項は『法情報学』加賀山・松浦著 有斐閣刊 4.3 160頁そのまま引用---
そして、このADR手法は多国間に跨る商事法務分野でも、ハーグ国際法で紛争解決の標準手段として国際標準に規定されていて、いまやADR手段の活用が知恵のひとつとして活用されている。
農耕民族である本邦の庶民意識からか、裁判は遠い認識であった(私は子供のころ、親父から裁判だけはお世話になるな!と悟らされた)。
裁判手段が、エジプト古来人類の発明品で究極の解決方法・手段としても、やはり馴染めないのも事実である。
海難審判制度とADR制度
海難審判制度は、専門的知見者同志で「真の原因を探求し、解決策に結びつく方向感が見出せ後世に智恵を残すところ」に、裁判制度と違いがありそれが裁決であり、この裁決が担当両者の納得に行く落としどころ・・・・と思っていましたが、『あたご衝突』事件で、様相が変わり始めた。
海難審は、2009年1月「あたごに回避義務があった」と認定裁決した。そして元航海長の責任は問わなかった。
が、横浜地裁の展開は、まったくちがう展開で、この元航海長の責任義務が争点となっている。
判決が注目されるが、海難審の「真実の追究」と、裁判制度下の地裁の「真実追求の道程」では、出発点がこんなにも違ってきている。
当HPでも、交通事故に対する「事故専門委員会」同様、だれも見ていない海の上での双方の言い分の違いしか判断できない証拠(材料)のなかで「専門委員」しか、分からない心のチャネル形成ができる・・・・と信じてきた。医療過誤やIT事件も、海難審同様の「専門審議」の場が望ましい・・・・とも感じてきたが、判決次第では、再考する機会となろう。
(記載2011/01/24現在)
(未定稿2011/01/9)
交通事故調査調査委員会報告(JR西日本にみる醜態)
<報告>
本邦ADR(裁判外紛争解決手続)の現状と課題:2008年11月5日 大阪地方裁判所委員会 山田文
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ベンダーとの泥沼の闘争を避けるために、CIOがなすべきこと
ユーザーとベンダーとの関係が徹底的にこじれてしまえば、その行き着く先は「訴訟」ということになる。現に米国では、ここにきて、ソフトウェア・プロジェクトの失敗にまつわる訴訟件数が飛躍的に増大している。裁判は、表向き勝者と敗者を決めるものではあるが、特にビジネスへのインパクトが大きく、投資額も巨大なITプロジェクトの場合、法廷で争っても当事者全員が「敗者」になるだけである。では、泥沼の闘争を避けるために、CIOはどんな点に注意を払うべきなのであろうか。本稿では、実際の事例や弁護士の意見などを織り交ぜながら、CIOが備えるべき訴訟回避術を紹介しよう。
スコット・ベリナート text by Scott Berinato幸せだったはずの“結婚式”
U.S.カンでマーケティング担当副社長兼グローバルCIOを務めるシェリーン・クイッシュ氏。氏は、かつてITプロジェクトが危機に瀕した際、自ら“調停人”となり、ベンダー側との関係修復を果たした実績を持つ。photo by Jeff Sciortino
2000年3月、当時年商15億ドルの大手石油化学会社トランスアモニアは、ソフトウェア・ベンダーのトリプル・ポイント・テクノロジーとの間である契約を交わした。それは、トランスアモニアの27の事業所すべてをトリプル・ポイントの電子商取引プラットフォーム「Tempest 2000」で連携させるというものだ。契約には、新たに導入するTempestと、トランスアモニアがすでに運用していたピープルソフトの会計システムとを結ぶ6本のインタフェースを、トリプル・ポイント側が設計/開発するという条項も盛り込まれた。
トランスアモニアにしてみれば、このプロジェクトは、旧態依然とした「オールド・エコノミー」から、21世紀型の「インターネット企業」へと脱皮を図るための1つの大きなかけであった。特に同社の経営陣が懸念していたのが、新しいプラットフォームと既存の会計システムとの連携であった。いくら24 時間365日リアルタイムで情報をやり取りできたとしても、それが会計システムと連携していなければ、何の役にも立たないからだ。
そうしたトランスアモニア側の心配に対し、トリプル・ポイントは自信たっぷりに「インタフェースは容易に開発できる」と大見得を切っていた。その根拠としてトリプル・ポイント側が示したのが“経験”である。同社は、すでに数社の顧客に対して同種のインタフェースを開発した経験があること、その中にはトランスアモニアと同じ化学業界のミエコに納入したTempestとピープルソフトのシステムとを統合するインタフェースも含まれていることなどを挙げて、トランスアモニアから信用を勝ち取ったのである。
トランスアモニア側は、契約書にサインするとともに、トリプル・ポイントのプレスリリースに自社名を掲載することを許可し、米国の各メディアは「変化の激しい市場で効率的な事業経営」といった言葉で、このプロジェクトをこぞって宣伝した。この時点では、だれがどう見ても幸せな“結婚式”そのものであった。もっとも、不幸な結婚式などこの世にありえない。問題は結婚した後なのだから。
結論から言うと、トランスアモニアとトリプル・ポイントの“結婚”は、さんざんな結末を迎えた。
後になって分かったことだが、トリプル・ポイントは、自らの最大の強みであるとしていた“経験”をかなり誇張していた。いや、誇張どころではない。実のところ、自社製品と他社製品とをつなぐインタフェースを自ら開発したことなど1度もなかったのである。同社にとって経験と呼べるようなものがあるとすれば、下請け業者を使い、そのマネジメントを手がけたことがわずか2度あるだけであった。
トランスアモニアから請け負ったプロジェクトについても、トリプル・ポイントはインタフェースを自社で開発する気などさらさらなく、その作業をすぐさまピープルソフトに丸投げした。そのうえ、契約がまとまってから半年近くが経過した2000年8月になっても、ピープルソフトに対して明確なプロジェクト計画を示さず、インタフェース開発の進捗状況もまともに監督していないといった、ずさんな対応に終始していたのである。
かくして、契約で納期と定められた2000年12月31日を迎えても、本来6本そろっていなければならないはずのインタフェースは、1本たりとも完成していなかった。事の次第に焦ったトリプル・ポイントは、開発遅れの責任をピープルソフトに押しつけ、同社への支払いを停止。その数日後、トランスアモニアもトリプル・ポイントへの支払いをストップした。
トリプル・ポイントは、傷ついた信用を回復しようと、翌2001年の3月9日までにすべてのインタフェースを必ず完成するよう、ピープルソフト側に確約させたうえで、あらためてその旨をトランスアモニアに報告。事態はなんとか収拾に向かうかと思われた。だが、一度狂ってしまった歯車を元に戻すのは容易なことではない。その後、3月29日、4月24日、4月30日と立て続けに納期を延ばしたにもかかわらず、インタフェースは完成することはなかった。当初の契約では、37万5,000ドルの価格で6本のインタフェースを納入するとされていたが、400日が経過し、請求書の金額が63万5,000ドルに達しても、トランスアモニアが手にしたインタフェースはわずか1本だけであった。
“最後通牒”として提示した同年8月中旬の納期にも、インタフェースの稼働が間に合わないことが明らかになったことを受け、ついにトランスアモニアは、トリプル・ポイントに対するすべての支払いを拒否することを決断した。すると、トリプル・ポイントは、その行動を契約違反であるとして、すでに提供済みのサービスに対して79万5,000ドルの支払いを求める訴えを起こしたのである。もちろん、トランスアモニア側も黙ってはいなかった。納期を巡る合意事項に違反したとしてトリプル・ポイントを逆提訴し、すでに支払った分に慰謝料をプラスして返還するよう求めた。いわゆる“離婚訴訟”の始まりである。
この争いに決着がついたのは、2003年9月25日。弁護士が弁護費用の請求対象となる作業に着手してからでも2年以上、トランスアモニアがトリプル・ポイントから“魅力的な提案書”を受け取ってからだと丸4年が経過していた。
ニューヨーク最高裁のハーマン・カーン判事は、4,408ワードから成る文書で、ユーザーであるトランスアモニアに有利な内容の判決を下した。これにより、トランスアモニアは、すでにトリプル・ポイントに支払っていた料金を回収することが可能になった(ちなみに、CIO Magazine米国版では、当事者となった両社にコメントを求めたものの、トランスアモニアのCIO、ベンジャミン・タン氏を含め、一切コメントを得ることはできなかった。ピープルソフトもコメントを拒否している)。
だが、はたして、この裁判に真の勝者などいるのだろうか。返金を認められたトランスアモニアにしても、5件の逆提訴のうち4件は棄却された。唯一認められたのは「契約解除」である。つまり、両当事者が“お互いを知る前の状態”に戻っただけにすぎないのだ。その間、無為に流れた4年間の歳月と、その間に費やされた労苦は、決して戻ってくることはない。
シカゴを拠点に活動するIT訴訟専門の弁護士、ヒラード・スターリング氏は「あらかじめ契約書の内容を吟味し、ちょっと手を加えるだけで、法廷での醜い争いは避けることができるはずだ」と力説する。photo by Jeff Sciortino
ソフトウェア・プロジェクトを巡る訴訟問題は、何も今に始まったことではない。法律関連の本をひもとけば、事例は山ほど紹介されている。
有名どころでは、1979年にナショナル・キャッシュ・レジスター(NCR)が電子機器メーカー、チャットロス・システムズから契約違反で訴えられたケースがある。
トリプル・ポイントのケースと同様、NCRも契約で保証したシステムを期限内に納入することができず、それゆえにチャットロスから訴えられるハメに陥った。
また、1991年には、ワング・ラボラトリーズ(現在はオランダのゲトロニクスの傘下となり、ゲトロニクス・ワングに社名変更)のサービス・スタッフが、とあるスポーツ・クリニックでシステムを修理している最中に誤って5年分の臨床データと会計データを破壊してしまうという“事故”も発生した。当然、ワングは訴えられ、裁判所から注意義務欠如の指摘を受けるに至った。
“訴訟国家”と言われるほどの米国だけに、ITにまつわる訴訟の数が多いのはうなずけるが、専門家たちは、IT訴訟には他の一般的な企業訴訟とは決定的な違いがあると指摘する。それはすなわち、紛争のほとんどが事前の準備次第で「十分に避けられた」ものばかりであるということだ。
シカゴの法律事務所、マッチ・シェリスト・フリード・デネンバーグ・アメント&ルーベンシュタインの弁護士、ヒラード・スターリング氏はこう指摘する。
「当事者間の見解の相違をあらかじめ想定しておくことは、契約の主たる目的の1つだが、ITプロジェクトにまつわる契約の多くで、それがまったく考慮されていないように思える」
ボストンの法律事務所、ルキャッシュ・ゲスマー&アプデグローブの弁護士、リー・ゲスマー氏も、スターリング氏の意見に同調する。
「ITプロジェクトで交わされる契約の多くは、お粗末極まりないレベルにある。なかには、法律の常識がまったく欠けているとしか思えないような契約もある。年商数十億ドル規模の大企業ですら、ベンダー側に一方的に有利な契約に平気で署名しているのには驚かされる」(ゲスマー氏)
契約において、法的なリスクを考慮すること――その役目を担うべきは、言うまでもなくユーザー側のCIOである。スターリング、ゲスマーの両氏は、リスクを未然に回避する方法は実に身近なところに存在すると主張する。
「ユーザーの自衛策は、何も難しくない。極端に言えば、契約書に『だれが、いつ、何に対して責任を負うのか』といった条項をほんの2、3行加えるだけで、法的なリスクはグンと減るのだ。1つのパラグラフだけで、数百万ドルの賠償金を巡る紛争が避けられるのだから、こうした対策を施さない手はないだろう」(スターリング氏)
仮に、CIOが法的な準備を怠ったとすれば、以下の3とおりのシナリオが待ち受けている。
まず1つ目は「調停」。これは、泥沼に陥ることなくプロジェクトを救済できるという意味で、CIOにとって「不幸中の幸い」とも言える最善のシナリオである。金属製容器の大手製造U.S.カンでマーケティング担当副社長兼グローバルCIOを務めるシェリーン・クイッシュ氏は、かつて、この調停によって難局を乗り切った経験を持つ。同氏は、「ベンダーとの関係も、夫婦関係と同じ。別れたくなったからと言って、いきなり裁判所に駆け込むのではなく、まずはカウンセラーを交えてじっくりと話し合うことで、互いが無駄に傷つけ合うのを避けることができる」と力説する。
調停で事が収まらないような場合、第2のシナリオとして考えられるのは「仲裁」である。ちなみに、この場合は、証人や証拠に基づいた調べが必要となり、勝者、敗者の結論づけもある程度なされることになるため、単なる「仲直り」といったレベルにとどめることは難しい。
それでもなお、双方が譲らないということになれば、第3のシナリオ――「訴訟」へと突き進むことになる。要する時間もコストも大きく、場合によってはマスメディアに取り上げられ、企業のブランド・イメージが傷つくおそれすらある。言うまでもなく、CIOが最も避けなければならないシナリオだ。
いずれにしろ、争いがひとたび法廷へと持ち込まれれば、その後どれほどの努力を払っても、ダメージを受けないという保証はない。CIOに求められるのは、上に挙げた3つのシナリオに至る前の段階――すなわち契約の時点で、万全を期しておくということなのだ。
それにしても、訴訟事が日常茶飯事であり、前述したようにITにまつわる訴訟も決して珍しくない米国にあって、CIOがなぜ法的準備に積極的でないのか――読者の方々もきっと不思議に思われていることだろう。
専門家は、その根本的な要因として、以下の3つを挙げる。
まず第1は、CIOが総じて契約法に疎く、なおかつその事実を他の経営陣に知られたくないという潜在意識を持っていることである。
「できることなら、やっかいな交渉事は他人に任せたいというのが、CIOの本音のようだ。特に、長年にわたって努力を続け、自分の価値を証明することでトップに上り詰めたCIOほど、『成果を示す』ことには熱心でも『紛争を避ける』ことにはそうでもないという傾向が見られる」(ゲスマー氏)
第2の要因は、ITプロジェクトに対する楽観的なものの見方だ。ニューヨークの法律事務所、ビアース&ケナーソンに所属するビル・ビアース氏は、こうした現象を「ラブ&ロマンス」という言葉で表現する。
「さあ、これから結婚しようというときに、いきなり夜の生活の話を持ち出す人がいないのと同様に、CIOも、これからタッグを組もうとするベンダーに対しては、無意識のうちに“生々しい”話を避ける傾向にある。お互いを信用したがるという人間の習性のなせる業とも言える」
第3の要因は、CIOをはじめとする役員が、契約全般を各社が抱える社内弁護士や外部の顧問弁護士など、特定の弁護士に安易にゆだねているということである。確かに、「契約を結んでいるのだから最大限に活用しよう」という意図は理解できるが、そうした“お抱え弁護士”のすべてが、ITプロジェクトの契約について豊富な経験と知識を持っているわけではない。
大手保険会社、マーチャンツ&ビジネスメンズ相互保険の前CEO、チャーリー・タルマッジ氏は、この“弁護士任せ”の姿勢をとったがゆえに、法廷に引きずり出された苦い経験を持つ。
「ハーバード大卒の社内弁護士を使うのではなく、もう2万ドルも払ってソフトウェア専門の弁護士を呼び、契約内容を詰めていれば、裁判は避けられたはずだ」と、同氏は今でも悔しさを隠しきれない様子だ。
かつて、エイブラハム・リンカーン大統領は「弁護料や経費、費やした時間などを考えれば、裁判に勝っても、実際には敗者になることが多い」と語ったことがあるが、タルマッジ氏は、この言葉の意味を身をもって学ぶこととなったようだ。
マーチャンツ&ビジネスメンズ相互保険のCEOに就任して間もないころ、同氏は、ある営業支援ソフトウェアに注目した。開発ベンダー(現在は倒産)に説明を求め、その内容にも納得した同氏は、先頭に立って導入をリードした。だが、いざシステムが完成すると、同氏は当初の考えが大きな見込み違いだったことを思い知らされた。
「出来上がったシステムは、まともにすら動かないひどい代物だった。そのうえ、ベンダー側の社長は自らのミスは認めながらも、『ちゃんと直すからあと25万ドル欲しい』などと言うのだ。『すぐに無償で直せ。でなければ告訴する』と私は突き返した。すると相手は、『法廷で勝つのは弁護士だけだぞ』と捨てぜりふを吐き、部屋を出て行ったのだ。皮肉なことに、彼が語った最後の一言だけが真実だった」(タルマッジ氏)
タルマッジ氏は、この問題を解決するために、仲裁に持ち込むことにした。証拠をそろえ、契約時のCIOをはじめとする証人たちの手配を進める中で、同氏は「勝利は間違いない」との確信を得るに至ったという。だが、事はそう簡単には運ばなかった。弁護士や鑑定人が当初の契約書を調べていくうちに、実は、納入と検収に関する条項が、契約書の中からすっぽり抜け落ちていることが判明したのだ。
もっとも、この仲裁では、ベンダー側があまりにもお粗末な対応をとっていたこともあり、タルマッジ氏は無事“勝利”を得ることができた。だが、獲得した25万ドルの賠償金のうち、15万ドルは弁護士らへの報酬へ充てられ、手もとに残ったのはわずか10万ドル。すでに支払い済みソフトウェア・ライセンス料に、多少の“色がついた”程度の見返りを得ただけであった。「自分が明らかに正しいのに裁判で争わねばならないということほど無駄なことはない。当然の権利を得るために追加のコストをかけなくてはならないのだから」と、同氏は悔恨の表情を浮かべる。
実際、ユーザーにとって、裁判がプラスに働くことはほとんどない。IT訴訟を数多く担当する弁護士も、この点については等しく認めている。
過去に50件以上のIT訴訟に仲裁人として携わった経験を持つ弁護士のトビー B. マーゾーク氏は、「裁判は、先の読めない戦いであるうえに、タイミングを間違えると、即、企業イメージの失墜につながる。もちろん、CIO自身にとっても、自らの失敗を公にするわけだから、リスクはきわめて大きい」と力説する。
同氏は以前、ユーザーがベンダーに対し、1,300万ドルの損害賠償を求めた訴訟を担当した経験がある。ユーザー側は当然ながら勝訴を確信していたものの、フタを開けてみると、証拠の収集が完全でなかったことが響いて敗訴となった。そのユーザー企業は結局、1,300万ドルを取り戻せなかっただけでなく、逆提訴により150万ドルを支払うハメに陥ったという。裁判がいかに“水物”であるかを示す好例であると言える。
ソフトウェア訴訟の論文を執筆した経験を持つノーステキサス大学教授のトーマス・リチャーズ氏も、訴訟に明るい未来を見いだすことは困難だと指摘する。同氏自身、かつて、あるソフトウェア裁判の鑑定人を引き受けた際に、証拠調べに延々と時間を費やすやり方に嫌気がさしてその仕事を放り投げてしまった経験がある。
「考えてみてほしい。時給300ドルの弁護士4人と、時給250ドルの私――大の大人が5人もかかって、コンピュータ内に収められたデータ、さらには1万枚もの手書きのメモの山から、相手が不利になるような証拠がないかどうかを、延々と調べるのだ。裁判とはそういうものなのだ」
こうした証拠集めは、「コストのブラックホール」(スターリング氏)と言われるほど、企業の収益を圧迫する。スターリング氏が手がけた事例の中には、数年の期間と数千の文書、数十人の証人を用意しなければならないような長期戦もあったという。
以上のような訴訟にまつわる問題を見てくると、U.S.カンのクイッシュ氏が遭遇したのは、きわめて幸運なケースだったことが分かる。
同氏は、倉庫管理ソフトウェアの導入プロジェクトを進めている最中、その行く先に暗雲が垂れ込めていることを察知した。そのプロジェクトでは、合計で10本のソフトウェアを導入する予定だったが、最初に納入された2本のパフォーマンスがあまりにも理想とかけ離れていたのだ。そう、U.S.カンも、ベンダー側も、このプロジェクトの難しさを軽く見すぎていたのである。
この影響により、プロジェクト全体の進行が遅れ始めると、U.S.カンの社内には、一斉に緊張が走った。ユーザー、ベンダー双方の参加の下で開かれる月に1度の定例会議の場も、「笑顔1つない険悪なムード」(クイッシュ氏)に包まれたという。訴訟へ発展するのは必至――当時はだれもがそう思ったという。
そうしたなか、クイッシュ氏は、一計を案じた。ベンダー側の担当者と1対1で話し合う場を持つことにしたのである。いわば、クイッシュ氏自身が調停人としての役割を買って出たわけだ。
同氏の“調停人”としての初仕事は、担当者とのディナーであった。もちろん、仕事の話は一切抜き。家族や趣味、好きな音楽――食事とともに、たあいもない話をしながら、互いに親睦を深め合ったという。
「振り返ってみれば、2年間もいっしょに働いていながら、お互いに心底リラックスして会話をしたことは一度もなかったのだ」(クイッシュ氏)
翌朝、クイッシュ氏は、あらためてその担当者と会合を持った。そこで、「我々の成功を阻んでいる要因はいったい何なのだろうか」という単純明快な質問から調停を始めたのである。前夜の交流が実を結んだのか、2人は、過去のプロジェクトの中で感じたことを洗いざらい話し合うことで、問題解決の糸口を見いだすことに成功したという。
「もとはと言えば、ごく小さな認識のずれが原因だった。そこに、コミュニケーションの欠如が加わり、いつの間にか両社の間に深い溝が出来てしまっていたのだ」(クイッシュ氏)
U.S.カンとベンダーは、今後のプロジェクトの軌道修正のあり方について、新たに契約書を交わすことに合意。訴訟は回避され、プロジェクトは無事に保護されることとなった。当然ながら、その後のプロジェクトはきわめて順調に推移し、残り8本のソフトウェアは、わずか1年ですべて完成した。最初の 2本を立ち上げるのに1年かかったことを考えれば、“調停”はかなりの効果を上げることができたと言えるだろう。
クイッシュ氏は、この経験から、「プロジェクトに取りかかる前の段階で、CIO自身が、障害に突き当たった場合にどうするかについて、考えを練っておく必要がある。場合によっては、第三者を交えた調停にも多少投資する覚悟を持っておいたほうがよいだろう」と、すべてのCIOに対してアドバイスを贈る。
U.S.カンの事例は、CIO自らが調停人になるという、きわめて珍しいケースではあるが、いずれにせよ、沈没寸前のプロジェクトを法的手段で救おうとする場合、この調停以外に選択肢はない。
元判事で、現在は調停人として腕を振るうウィリアム・マクドナルド氏も、クイッシュ氏がとったアプローチと同様に、調停に臨む際に、まずはリラックスした状態でユーザー側とベンダー側が互いに率直に意見交換をすることのできる環境を整えることに心血を注いでいるという。
「私の場合は、CIOなど両方の責任者を集めたジョイント・セッションから始めることにしている。まず弁護士の意見を聞き、次に責任者にできるだけ難解な法律用語を使わずに現況について話をさせるわけだ」(マクドナルド氏)
同氏によると、この最初のミーティング後、両者はいったん別々の部屋に分かれ、まるで口げんか中の兄弟に仲直りを促す親のように調停人がそれぞれの部屋を行き来するのだという。
「折り合いがつけられそうな状態になったら、話を詰めて評価額を決めていくことになる。まず、『相手方は法廷でこう弁論するだろう。それに対し、あなたはどう抗弁するのか』などと話を向け、そして仲裁や訴訟まで持ち込まずに済む解決策、具体的な条件をアドバイスするのだ」(同氏)
マクドナルド氏にとって、調停とはすなわち“闘争”ではなく、状況をよりよい方向へ導くための“誘導”である。同氏は、CIOに対して次のように訴える。
「仲裁や訴訟だと、一方が勝ち、一方が負け、そのうえ紛争自体も公衆の目にさらされることが多い。だが、調停の段階であれば、まだ、事態は修復可能だ。両者が妥協点を模索するというのは、一見すると難解なようにも思えるだろうが、実は、その過程で共通の利益が見つかることは驚くほど多いのだ。ベンダーへの不信感で怒り心頭に発したとしても、まずはグッとこらえて調停の可能性を探ること――それが、CIOが備えるべき資質であろう」
「熾烈な戦いだ」――デトロイト地裁で開かれたIDXシステムズとセント・ジョン・ヘルス・システムとの訴訟で、口頭弁論の休憩時間に、スターリング氏は流れる汗をぬぐいながらそう語った。
この訴訟は、大手医療機関セント・ジョン・ヘルスが、ソフトウェア・ベンダーのIDXに依頼していたプロジェクトから一方的に手を引いたとして、 IDXから訴えを起こされたことに端を発したものである。IDX側の主張によると、7つの病院と60以上の診療所をシームレスに連携させる臨床情報システムを導入することに合意していたセント・ジョン・ヘルスが、“資金難”を理由に、方針を突如変更したとされている。スターリング氏は、原告側であるIDX の主任弁護士だ。
この日、スターリング氏が裁判所を訪れた理由は、ある有力な証人を喚問するためであった。この証人は、過去3年間で3度、証言台に立ち、判事の前で宣誓証言していた。証人の名は、クラウディア・アレン氏。スターリング氏とは“敵対関係”にあるセント・ジョン・ヘルス・システムに勤務する現役の CIOである。
「証言台に立たされるCIOの姿は、我々弁護士から見ても痛々しい」と、同情の念を示すスターリング氏。
プロジェクトの円滑な遂行か、それとも証言台か――いずれの道を歩むことになるかは、CIO自身の取り組み方にかかっている。
3:専門性あるADR
・ ADRの現状
司法制度改革の中で、ADR法(「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(以下、ADR法))が制定され、その専門性を生かした業態別の設立でその産声が聞かれるようになった。
最近では、「事業再生ADR」、「医療ADR」、「金融ADR」、「スポーツ仲裁センター」「国民生活センターの紛争解決委員会によるADR」等が新聞目にするようになった。
また、
法務省認可のもと「特定非営利活動法人医事紛争研究会(医療紛争相談センター)」、「社会保険労務士会(社労士会労働紛争解決センター)」や「土地家屋調査士会(境界問題相談センター)」「特定非営利活動法人留学協会(留学トラブル解決機関)」等 約50の機関で業務特有知識と現場目線で語れる強みを生かした活動がみられるようになった。
金融分野だけでも、またその専門性より8機関が、実務的なADR機関として活動を開始し、(銀行とりひき相談所、信託相談所、(社)生命保険協会・生命保険相談所、そんがいほけん相談室、証券あっせん・相談センター、日本商品先物取引協会相談センター
東京工業品取引所(紛争仲介委員会)、東京穀物商品取引所(紛争仲介委員会)) 対顧客トラブル解決にあたっている。
IT分野に焦点を絞った専門ADRとしては、「(財)SOFTIC」と「IT-ADRセンター」がある。
IT分野のおけるプログラムの不具合に起因する事案は本邦ではまだ判例が少ないが、僅かの判例から裁判手法とADR志向での相違を考察すると図のようになる。
(プログラム不具合における裁判手法型と紛争解決型:PDF116KB)
・ 紛争解決方法の全体像
紛争は二者の間でのもめごとであり、その解決方法には
@回避(avoidance)、
A相対交渉(negotiation)、
B調停(mediation)、
C仲裁(arbitration)、
D訴訟(litigation)、
E闘争(fight)
の方法があるとされる。それぞれの方法を遂行するには参加者の構造と解決へのアプローチの違いがある。
そして、解決する方向へのアプローチとしては
競争的アプローチ | 協調的アプローチ | |
交渉 | ○ | ○ |
調停、斡旋 | - | - |
促進型調停/自主交渉援助型調停 | × | ◎ |
評価型調停・妥協要請型調停 | ◎ | × |
仲裁 | ◎ | × |
訴訟 | ◎ | × |
訴訟以外の三面構造手続きを裁判外紛争解決(ADR;Alternative Dispute Resolution)と称す。
ADRを体系的に解説したものに、『ADR理論と実践』和田仁考編 有斐閣刊の良書がある。
学術的研究も進行中であるが、
「桐蔭横浜大学メディエーション交渉研究所」、
「法制度改革と先端テクノロジー」研究会等、
海外のメディエーション活動は、
「NPO日本紛争予防センター」、
弁護士小澤恒夫氏によるNY Mediation Center
が紹介されている。
4:ADRと他の紛争プロセス孝
○行政訴訟(行政事件)の位置づけと課題
まず、地方裁判所で訴訟者自身の事案に対する「適格性」を判断されることになる。
それは訴願前置主義に定義された「法的保護に価いする利益があるか?」で判断され、行政に直接係る事案については行政事件訴訟法や行政不服審査法の基で進められる。
行政認可事項や行政認可事業執行・遂行(銀行、建築業、行政書士等)に係る主に消費者・利用者との紛争については、それぞれの機関(業界内設置が多い)組織内のADRセンターが整備されつつあり、そのプロセスを選択することになる。
IT問題や自然環境問題など最近の紛争は、目に見えない基準や新しい価値感によるものや人間の直感や個人の自然観に基づくものが多い。違法の基準軸でどの程度の被害かの受忍限度が客観的に説明できる尺度が必要である。
その基軸を創出し、関係者が納得できる「見える化」の壁を乗り越えなければ行政事件の真の解決はほど遠い。それは法的視点からの基準が明示されている場合、裁判官は『この憲法及び法律のみに拘束される』(憲法76条3項)、原告と被告(この場合、国や地方行政側)の主張について憲法や他の法律に照らして判断に迷ったときは、裁判官の「良心」に従って判断すると定められて、自己内心の良識と道徳観に従うこと・・・との判決(最高裁1948/11/17)があり、裁判官自身の価値感、パラダイムの変容を強いるので並大抵のことではない。
また事案は専門的領域とされ行政は「審議会制度」で担保されているので、受任件数は少ない。(前述の壁があり立証に多大の時間と労力を要しているので経済合理的に訴訟手段をとる判断まで行けない)また立証に必要な証拠は自らが行っていないので証拠は相手側にその大半が握られ、挙句の果て情報非開示の決定が恣意的とも思われる理由で開示されないケースまででているので原告起訴状や答弁書・意見鑑定書作成で多大な努力を要する。
このようなことから、国は
・行政事件訴訟法の一部改正 →図解(PDF121KB)
・行政不服審査法の最終改正:平成一八年六月八日法律第五八号
・審議会等の整理合理化に関する基本計画:平11・4・27閣議決定
との方向感は示されているが、その実施は「司法改革の波」から程遠く、遅々として進捗していない。
(参照;米国レグラトリー・システムの基本的特徴と問題点)
○電波行政訴訟(PLC異議申立審理)にみる苦悩の過程
建築における「景観権」紛争と同様な概念で、法律に明文化されていない「閑静な環境での電波聴取権」を求めた行政訴訟が付されている。
電波電子行政における総務省電波審議会が、電力線通信【PLC:Power Line Communications】利用の問題で、一旦、国が認めた型式認定を後日取り消した行為をした。その理由について求釈明を求めた異議申し立て審理が進められている。
・原告PLC 異議申立準備書
国の審議委員の構成や審議進行、審議内容が、製造者側視点に立脚よる「共存」ありきの理念に基ずく着地点を急いだ杜撰な審議であり、日本は後日、国際的にも孤立した。この種の行政訴訟ににられる「行政の行っていることは原則的に正しい」という呪縛にとらわれ、今ある技術や今ある基準は正しいという妄想が一人歩きして、新しい理論体系や新しい価値感基準を創造できない姿が重くのしかかっている。
当事案は類別すると行政訴訟における「主観訴訟」のように思われるが、原告の真の願いは、いわば「自然遺産である電波の短波帯を守りたい」との切なる人間の肌感覚に基づく論理展開である。その判断根拠(国が使用したCM電流モデルによる型式認定判定は、モデル化そのものに問題があり、日本国中の全ての住宅環境事情を反映できない欠点がであり、多大の人工的雑音発生器となるような問題である。モデル化による認定は行うべきでないとする)が問題であるとする。審議過程のプロセスその理論的基準を曖昧にしたままでは、将来に禍根を残すことになると主張したのである。
今の規則・基準では誤った判断になり、世界の潮流にそぐわないと言う「客観訴訟」と重複する事案であるので審理も困窮を極めている。
訴訟人達は、遠くの局の微弱な電波を聞き、ノイズの中から信号を抽出し(耳フィルターで認識される位の雑音すれすれの電波強度)海外の生の声、動向からワクワクを感じたり、それらが理工系への道となったり、「はやぶさ」で電波喪失状態で46日間も宇宙雑音の中から信号を見出した「日本の魂」が生まれている。
そんなアマチュア無線を愛好する人達が、電波審議会の電波行政に立ち向かっている原告団の苦悩を見る。
・本邦PLC行政訴訟
残念であるが審理中であるので、国の準備書類は掲載していない。また国は情報開示請求に行政文書不開示決定がなされている
・米国では、PLC行政訴訟で原告ARRLが勝訴した。
このARRL がFCC に提出した「妨害波調査報告書」が参考になる。(注意2.53MB)
同一行政訴訟事件問題で、国際的にどのように扱いが異なるか(本邦の成文法社会と米国の判例法社会)の比較研究の好材料となる。
平成14年から続いた国内PLC問題の総務省審議結果公表 と 日本アマチュア無線連盟の屋内PLC問題対応・動きを俯瞰する。
電気通信分野では総務省に「電気通信紛争処理員会」が設けられ、斡旋/仲裁/答申/勧告などの仕事を行うADR組織があるが、主に行政に係る電波電子機器のサプライサイドである業者間問題を扱っている。
注意:現在、技術的アーキテキチャーは全く等価なPLCである屋外利用PLC問題を審議中である。
総務省審議会が終盤に差し掛かっているので審議会を傍聴した。
最近の日本アマチュア無線連盟の屋外PLCに対する機関として反対声明はまだ出ていない模様である。
また
審議会では、技術問題の前に審議会形式そのものの制度疲労がみられるのでその一端を覗く(pdf;注1.06MB)
記述は、平成24・4・21現在による。
(原告代表のJA1ELY取材及び大阪大学北川教授PLC Report、国立天文台理学博士大石准教授学会報告を参照した)。
※参考図書:『建築紛争』 -行政・司法の崩壊現場ー 五十嵐敬喜・小川昭雄著 岩波新書2006年11月刊
※参考図書:『環境リスク学』不安の海の羅針盤 中西準子著 日本評論社
※参考:『最新知見に基づく高速電力線通信規制』EMCJ2011-143(2012-03)大石、北川
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5:「小さな一歩」であるが、画期的紛争審議手段の夜明け!
知財高裁は、専門的で過去に判例のない争点について、専門家や実務に詳しい業界関係者から広く意見を聞くこととし、2014/1/23意見募集を募ることとした。
日本の裁判所が係争中の民事訴訟の審理で一般の意見を募集することは、「小さな一歩」であるが、画期的紛争審議手段の夜明け!である。
・知財高裁の意見募集
成文法下の本邦におき法律の立法措置は、ともすれば遅れがちである。医療分野やICTシステム技術革新関連では日増しに進歩のスピードが増し、それが企業や国力の差別化要因の大きな要素となりつつある。
最先端分野では、特許開発独占や市場先行利益獲得術、国際標準規格取得がその発展のキーファクターとなり、どうしてもコンフリクトが起きる。そのコンフリクトを裁判で解決する手段をとると、結審の頃その技術はもう過去のものとして「実利を得ることができない」現象となっている。
これがまた合理的判断を旨とする実務界から司法を遠ざけている。
評論家や学者の第3者は、自分の意見を表明しなく『判例の積み上げを待つ』姿勢から、静観の姿勢が蔓延している。
民訴・刑訴法も「司法制度改革」の叫びの中で取り残された課題である。そんな閉塞感の中で、本邦の旧態となった民事訴訟法の縛りがありながら、今回の意見募集手順は画期的な一歩を踏み出した。
今回の意見募集は、米アップル社日本法人と韓国アムスン電子の『FRAND宣言』を巡る当事者間の解釈の齟齬であるが、この種判例法下の米国では有用なる判決がみられる。
その一つがTwitter社の『Twitter的同報メッセージシステム』の特許をめぐる『IPA合意書:Innovator's Patent Agreement』がある。
これは特許権がイノベーションを逆に阻害してしまう可能性を懸念して、企業が特許権を防衛のためしか使わないようにする目的にした新たな仕組みである。
また、Google社のe-Bookを巡る米国NY連邦地裁の”Google Books"訴訟決着にみるDenny Chin判事が書いたとされる法廷意見が、我々に明るい希望を与える説示となっている。
先端技術分野におけるこのようなコンフリクトは、本邦における議論とダイナミックなシステム理念を展開する米国とに政策制度の決定の背景に国民的認識の差が露呈していると思われる。
前述のPLC行政訴訟や原子力事故訴訟に見られる「司法が扱う制度的な課題」を整理した逸文がある。
・米国レグラトリー・システムの基本的特徴と問題点
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